casavouta日記

カテゴリ:日々( 52 )

さえきさん

 さえきさんが亡くなったという。という、と書くのは、という、としか言えないからだ。さえきさんは母のお友達で、私が小さい頃から大好きだった人だ。
 さえきさんを一言で言うと素敵な人、っていうありきたりな言葉になってしまうのだけど、素敵な人ってどういう人?素敵な女の人ってどういう人?って考えるとさえきさんみたいな人なのだ。最近その亡くなったということをきいてから、さえきさんのことをよく思い出すようになった。そのうちに何故あんなに素敵なのかがちょっと言える様な気がした。まず、もちろん綺麗だしお洒落なのだが、さえきさんのお洒落さは本当にさり気ない。さえきさんは素敵な木版画を描いていた。いつも微笑んでいた。さえきさんがいると何となく幸せな気持ちになる。さえきさんがいると元気になる気がする。さえきさんはいつも応援してくれる様な気がした。さえきさんの魅力は周りを祝福する人だというところなのではないだろうかということに気がついた。
 自分は目立たなくてよくって、自分を見てとは決して思ってなくて、まわりをキラキラしてくれる、その祝福する微笑みで。だからさえきさんとしゃべった事の内容は今ではほとんど覚えていないし、でもいつもそこにいてくれるという感じがした。いのちの電話のボランティアをずっと続けていた。さえきさんと接して元気になった人はきっとたくさんいるのだろう。
 そんなさえきさんだから人に心配される事はいやだったにちがいない。だから病気の事もほとんど言わずに、つらい顔は一切みせずにいつのまにかこの世からいなくなってしまったのだ。
 さえきさんみたいになれる日は遠い。でも本当に素敵ですごい人はやっぱりさえきさんみたいな人なのだ。
 
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by casavouta | 2012-09-24 11:18 | 日々

本の匂い

 iPadの出現でついに出版の電子化も本格的になってきました。いやはやこんな時代が来るとは。きっと印刷業界は厳しくなってくるのでしょうね。寂しい限りです。
 子供の頃から本や特に雑誌というものに並々ならない気持ちを持っていたのは、やはりその中身もさることながら、重さ、質感、インクの匂いや紙の匂い全てを併せ持ったものだからこそ。
 読む本や雑誌の変遷は、紙の匂いの変遷でもありました。マンガ雑誌の匂い、教科書の匂い、ファッション雑誌の匂い、輸入雑誌の匂い。本の匂いを嗅ぐと過去に読んだ本の内容までよみがえってきて何とも言えない気分に浸るのが至福の時だったのに。どんどんこれから匂いのない世界になっていくのでしょう。アロマテラピーのように調合すればある程度は再現できるものと違って、印刷のその匂いは再現する事はこれからどんどん不可能になっていくでしょう。
 失われた昔の音の文化と同様に、こうして消えていく匂いの文化というものがある。その上昨今の普及されたインクジェットの匂いの味気なさ。匂いの画一化現象。ああやだやだ。匂いが消えていくという事はこれからの人の記憶にどう作用していくのだろう。電子本が主流になっていくにつれ、きっと人々の記憶の濃度や質は自ずと変わっていくのでしょう。
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by casavouta | 2010-05-28 23:13 | 日々

twitter恐るべし

 久々のブログ帰還。twitter恐るべし。mixiに最近書き込まない人は皆twitterにいました。まるでいつも行くたまり場の居酒屋が最近閑古鳥が鳴いている思ったら別のお店に皆勢揃いというような印象です。
 twitterを始めてみて約一月、既にもうブログで文章にまとめるということが難しくなっている自分に気がつきます。起承転結、何が言いたいのか、また結論へまとめていく構成力が抜け落ちてしまっています。
 世間が今のtwitterのようにブログブログと騒ぎ始めて私もブログを書き始めたのが5年前でした。この5年という歳月は長いのか短いのか。
 インターネットの空間で脳の中だけがいっぱいいっぱいなとき、世の中の動きに翻弄されそうになった時は、まど・みちおさんの詩を読むとふっと気持ちが原点に戻れそうです。

ぼくが ここにいるとき 
ほかの どんなものも
ぼくに かさなって
ここに いることは できない
 (まど・みちお詩 ぼくがここに より)

空間の中で重なって存在できないもの、それが一番大切だということ。
 
 
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by casavouta | 2010-03-09 22:01 | 日々

教育って

 昨日テレビで、学校に行く事が出来なくて、字を書けなかった吉田さんという人が、60歳を過ぎて識字学級に通って少しずつ書けるようになって・・・というドキュメンタリーを見ました。字を書くことができないということはどういうことなのか。そして獲得した文字の重みってどんなものなのか。いろんなことを考えさせられました。吉田さんの書いた作文は、小学一年生の書くような言葉なのだけれど他の誰にも真似できないような言葉でストレートに響いてきた。駅の落書きを見て、大事な字でこんな言葉を書くなんてと涙が出たという吉田さん、一番好きな字は「母」という字ですといって丁寧に黒板に母と書いたその字。
 私たちは普通に学校に行って勉強することが当たり前と思っているけれど、その当たり前のなかで見失っている事は何なのか、特に学力に関して他人と比較する事が当然の世の中では足りないところばかりが目に入ってしまう。
豊かさには物質的な豊かさと物質にならない豊かさっていうものがあって、それが教育だったりするのかもしれないけれど、物をそまつにするにするのと同じように、目に見えない知識をそまつにしてないだろうか。とそんなことを考えさせられました。
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by casavouta | 2010-01-18 12:33 | 日々

最近見かけない光景

そういえば、最近コンタクトレンズを落とした人がいてみんなが探してまわるっていう光景を見かけなくなったなあとふと思いました。コンタクトが進化して落ちにくくなったのでしょうか?
あの光景結構好きだった。落とした人の顔が見えなくて本当に困った顔になっていて、周りの見える人たち、特に子供がはりきって、床の微妙な反射ですばやく「あった!!」って見つけると、落とした人に「ありがとう!よく見つけたね!」とすごく喜んでもらってその子供もいい事したなと思って嬉しくなって、他の探していた大人とかが自分が見つけられなかったんでちょっとくやしいんだけど、みんなでよかったよかったって言うっていうあの光景・・・と、まあそれだけなんですけど、ふと思い出しました。
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by casavouta | 2010-01-14 11:57 | 日々

パン焼き機

 家に新しいパン焼き機がやってきました。15年も使った古いパン焼き機を分解した部品から出来たのがこのロボット。顔が機動隊の盾みたいになってます。
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 新しい「ふっくらパン屋さん」は耳の部分が柔らかいことが気に入ってます。今までのパン焼き機だとどうしても耳の部分がガリガリになってしまっていたから。天然酵母コースもあるのが魅力的。早速ホシノ天然酵母を使って作ってみたらしっとりふわふわパンできました。でも最近気がついたのはイースト菌でもおいしいパンは出来るんじゃん!という事です。イースト菌も天然酵母の一つだったんですよね。いろいろ作ってみたくなります。
 自分で作ってみると、買わなくても十分おいしいパンが出来る事が分かったのですが、その一方で、お店のパンを食べると、この味は家では絶対できないことが分かって、パン屋さんのすごさもまた再認識するそんな今日この頃。
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by casavouta | 2010-01-09 16:08 | 日々

初日の出 in  井の頭公園

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          6:41分 静かな湖面。周りに誰もいない静けさのようですが・・・

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          もう皆さんお揃いでベストポジションにスタンバっていました。

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          7:12分  お天道様昇りました。ハレヒレホー!!(ありがたや〜)

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           一気に池の水が温まり湯気が立ち始めました。

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            池のお友達も一緒に初日の出を見ました。




         2010年 
         明けましておめでとうございます。
         今年一年が素晴しい一年となりますように。
         本年も宜しくお願い致します。

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by casavouta | 2010-01-01 14:42 | 日々

お習字教室の展覧会

 息子が習っているお習字教室の展覧会に行きました。展覧会といってもマンションの小さな一室なのですが、これがとても面白い空間になっていました。こんなにいろんな種類があるのは知らなかったのですが、昔の言葉を写す臨書、象形文字みたいなものを掘って作る篆刻、八木重吉の詩を自由に写した言葉、一口に書道といってもいろいろあるんだなあと思いました。
 生徒さんは小さな子供から大人まで幅広く、中でも印象的だったのは般若心経を書いた人の字でした。ただきれいなだけじゃなくてとても美しかったのは、ご主人を亡くされたことがきっかけで書いたとのことで、その祈りの気持ちが伝わってくるからなのか、般若心経のもつ字の力なのか、何なのか、たぶんそれが全て融合して、見る人の心をす〜っと静かな気持ちにさせるのかなと思いました。表現というもの、自我のようなものがないそういう書の形というものもあるんだということを知りました。
 言葉の力、漢字のもつ力、それを書く人の気持ち、意味が分からなくても伝わってくるものがあってとても面白かった。書道というと学校の優秀な作品が集められてる書道展みたいなのしか行った事がなかったのですが、ただきれいに書くというのではなくて、一人一人の個性が浮き立ってくるような展示、とても見せ方も素敵で、先生のさりげないプロデュースがこの小さな空間を最大限に引き立ててるんだなあと思ってとても満足の展示でした。
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by casavouta | 2009-12-21 17:00 | 日々

晩秋

 晩秋の中央公園の夕方。最近は足が遠のいていた。
「あの素晴しい愛をもう一度」をギター片手に歌っているおじさん。終始一つのコードだけで貫き通し、「いの〜ちかけてぇ〜えと〜」と、微妙に違う節回し(正 いの〜ちかけてと〜)を聴いているうちに頭の中がびよ〜んとゆるゆるになってきました。おじさんはさんざん歌って、またその節回しで口笛を吹きながら満足そうにギターをしょって自転車で帰っていきました。
 私が中央公園をこよなく愛するのはそこに集うこういうなんともいえないピースな人々の魅力にもあるのです。
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by casavouta | 2009-12-14 21:27 | 日々

瀬戸内寂聴さん

 日曜日に放送した「ようこそ先輩 課外授業」、先週の無農薬でリンゴ栽培している木村さんに引き続き、今週の瀬戸内寂聴さんもとてもよかった。先週と今週は高校生でしたが、やっぱり高校生ってあなどれないっていうか・・もういろんなことよく見ているし、それでいて子供の純粋さも持っていて・・だから高校生を教えるのって小学生より難しいかもしれない。でも先週も今週もそういう子供達がだんだん本気になっていったのを目の当たりにして、これはまさに先生の人間力のなせる技といった感じを受けました。
 瀬戸内さんってどちらかというと今まで私はちょっと苦手というか・・・なんかお説教されそうな感じがして怖いというか・・・お坊さんらしくないような、そういうイメージがあったのです。でも今回の放送を見てそのイメージがひっくり返りました。
「命は頂いた物だから自殺はいけません。それに戦争や飢餓で亡くなっている人もいると思えば幸せをありがたく感じられますね」みたいなことを言った後、子供達のいろんな質問に答えていて、「死んだらどうなるんですか」っていう質問が来たら「もう周りの人がみんな死んじゃって・・・私ももういいかなって思ってるんですよ」って寂聴さんが言ったのに対して「戦争や飢餓で亡くなっている人もいると思ったらそんなこと言っちゃいけないんじゃないですか」とか生徒に諭されたりして、「そうね。はい、がんばります」とか言って、もうさすがの瀬戸内さんもやられたって感じ。
 その上瀬戸内さんは最後に感極まって泣いて「本当にみなさんありがとうございました」と子供達に何度も挨拶していたのです。大体瀬戸内さんが泣くこと自体いままで見た事がないので驚きました。そのときの顔は瀬戸内寂聴、ではなくて普通の一人の人の顔でした。その無防備な程に純粋な顔にとてもびっくりしました。多分、今回子供達が偉い人だから黙って聞いてようっていう感じじゃなくて本当に瀬戸内さんの言葉に向き合って、言いたい事を言っていたから、瀬戸内さんもいろんな発見があったのだと思います。大人向きの講話等は皆ありがたがって聞くだけのことが多いのかもしれないから。すごい人程頼られる一方みたいな、そういう寂しさってあるんじゃないかな。
 上から目線じゃなくて世代を超えて全く対等の生きている人間同士になれるなんて、子供達もすごく頼もしかったし、年齢関係なく自分をとっぱらってしまった瀬戸内さんもすごいと思いました。あ〜いいものを見たなあ。
 先週も今週も、かっこよく年をとっている人がいるのを見ると頭が下がります。
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by casavouta | 2009-11-08 23:05 | 日々