casavouta日記

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近くて遠い場所

あの光をもう一度!と、その後も「夕暮れ中央公園」の時間に、カメラを持って通ったけど、あの感覚も光もどこに行ってしまったのという感じだ。
 例えば富士山なら「逆さ富士をきれいに撮る」とか、はっきりした目的があれば、毎日チャンスを狙って通うのもいいのかもしれない。
 でも私の場合、それが中央公園でなくてもいいので、「たまたま出くわした」という方がいいような気がする。たまたま、でないと自分の概念に無理矢理景色を閉じ込めようとしてしまう。そうすると、とても理屈っぽい写真に思えるし、少なくても自分で見て全然わくわくしない。
 最近近所のよく知っているある場所、知ってる小道を曲がると別の知らない土地に通じているという夢をまた見るようになった。私の好きなタイプの夢だ。
 その夢の場所は私の通っていた中学の前の道路を渡ったあたり。
 思い出す・・・この最近夢によく出るあたりの場所は、昔は養鶏場があって、縁側に腰掛けたおばあさんから卵を買うお使いをしたり、そのとなりは古い中学の木造校舎が残っていて、そこはおばけが出るという噂で、友達と恐る恐る割れたガラスの中を覗いたりしていたところだ。今では住宅地と駐車場だけで全く変わってしまった。子供にとって、ちょっと怖い場所、無気味な場所があるのはものすごくワクワクしたものだ。
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by casavouta | 2007-08-28 16:29 | 写真

アートを飾る事

 ICCの「サウンドイメージ」展で遊んだあと、オペラシティアートギャラリーの「メルティング・ポイント」を見る。企画展よりも同時開催の収蔵品展「いのちの宿るところ」に展示されている日本画がとてもよかった。
 オーソドックスになりそうな風景画にとどまらず、といって奇をてらうのでもなく、今を感じられるような新しさみたいなものもそこに描かれている気がした。
 「メルティング・ポイント」の方は作品が少なすぎる。やはり大きい体験型のアートは体で感じる事が出来る分、楽しいし子供受けもいいのだけれど、平面はその分展示で損している気がする。どんなにいいと思った作品でもその前で何分か立っているのがせいぜい。でも そういう平面作品って本当は絵の前でただ立ちつくしているのではなくて、気に入った作品を部屋に飾って、ご飯を食べながら、寝っころがりながら、その場所にいつもあって、接している事で無意識にいろんなものを吸収できる事って多いような気がする。だからどんなにいい作品を展示していても展示期間中だけで見られないと言うことがいつももったいないなあと思う。
 アートを買いたいけどもちろん買える訳がない。好きな作品を買いたいと思う人に限って買うお金をもっていない人が多い気がする。
 せめて個人の美術館や街のデパートやお店や公共施設にもっとアートが増えて、そこに行けばいつでも会えるっていうふうになればいいのにと思う。
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by casavouta | 2007-08-15 22:49 | アート

夕方

今日は風が気持良かったので夕方あてもなく自転車に乗って、たどりついた先は近くの中央公園。ものすごい蝉の声。ちょうど夜になる一歩手前の時間、全てのものが神秘的に見える一瞬。
光がものすごい。意識のスイッチ入る。ジェームスタレルの作品を経験している以上の経験。刻々と変わる光。ストレッチ、ウオーキングしながらその間も少しでもカロリーを消費するように務めつつ、至福の時を過ごす。カメラを持っていれば・・・携帯の33万画素分いっぱいいっぱいに気持をこめる。

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by casavouta | 2007-08-12 23:26 | 日々