casavouta日記

前から気になっていること

前から気になっていることがある。それはテレビで外国人にインタビューする時などの吹き替えの声。特に女の人。

「ええ、そうよ!ダーリンも言ってたわ。もうっサイコーの気分よ!」とか・・・

どうして外人の吹き替えになるとああいうへんてこにテンションの高いしゃべり方にするのか・・・

よくよく聞いてみると、本人はすごく低い声だったりするのに、吹き替えはいつも同じ高めのトーンになってる。

そんなしゃべり方の日本人はいない。(いたら気持悪い。。。)
かといって、そんな話し方の外国人も存在しない。

では一体あの吹き替えの人はどこの世界の人なのでしょうか?
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# by casavouta | 2005-06-12 00:39

陶芸体験

 小学校が代休だったので、益子へ行ってきました。久しぶりに行くと自然が豊かで、食べ物もおいしく、良き所でした。
 前からほうじ茶をガブガブ飲めるような湯飲みが欲しいと思っていたので今回は陶芸体験教室で作ろうとはりきっていたのです。

 昔も友だちと大勢で益子の民家にとまって陶芸ツアー行った。あのメンバーは面白かったなあ。私の隣はファッションデザイナーの人で、最初からすっごく渋くてかっこいい形の湯飲を作っていて、それを見るとものすごくインスパイアされるのに、何度やってもろくろがぐにゃぐにゃでまわせなくて、どつぼにハマリ、一人で畑で泣いていました。同行した友人のお姉さんは、なんとこのツアーがきっかけで陶芸家の道へ進んだのでした。あの転身ぶりには驚いたなあ。いまでも陶芸家として活躍しています。人って何がきっかけでどうなるか分らないものです。
 そして、そう。私はあの時、結局一つも作れなかったのだ・・・・しばらくは回転体でできている茶わん、照明器具、バームクーヘンなどを見るとそれだけで目がまわりそうになったのだった。
 
 あれから約10年、そのころのトラウマも大分消えてきたので今日は気持も新たにやる気も出てきたのです。それにてびねりならなんとかなるだろうと思ったのです。
 でも・・・わんものの作り方を教えてもらうと、土台を作って粘土を細長くして丸く積み重ねてって、やっているのを見ただけで、早々に気持が萎え、湯飲みはさっさとあきらめることにしました。
 粘土が乾いてくるのがまた曲者。あまり手でいじり過ぎるとヒビがはいるし。これがまたなんとも不愉快で・・・息子の方が根気よく楽しそうに作ってました。
 本当に見るのとやるのは大違い。でも一度作ってみることは悪くないかも。お店に並んでいるものがそう簡単にできるものではないっていうことを知ることができるからです。結構いろんなもの手作りするのは好きな方なんだけど、陶芸に関しては、気に入ったものをお店で買う方に徹することに決めました。
 


 
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# by casavouta | 2005-05-23 23:21 |

ワークショップ

プンクトゥムで原さんのワークショップに参加。
本当にいろんな人に作品を見てもらうということは大切だということを実感。
 原さんに選んでいただいた写真は自分では意外なものもあったし、また「あ?そうか・・・」と思ったり。いただいたアドバイスもとても思う所がありました。
 自分で撮って自分で選んでってやっていると、下手すると、カゴの中をクルクルまわるモルモットみたいに同じ所をぐるぐるまわっているっていう危険があると思う。
 自分が変わったり発見するには知らないこと、とか「???」っていう沈黙の空白部分を大切にしないと。
 だって本当にわかってないことっていうのは、わかってないこともわかってないんだから。そういうものが存在していることをいつも心に止めておかないと。

 それにしても写真って長く続けたからどんどん良くなるっていうものでもないのかなあ。でも10年前に戻ることはできないんだから、だったら今の視点は何かっていうことをもっと掘り下げて行きたい。きっとなんかあるはずなんだから。

 じっくりまたいろんな写真家の写真を見ようと思った。好き嫌いわかるわからない抜きにもっともっといろいろ見なくては。
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# by casavouta | 2005-05-15 01:02 | 写真

その後の1年生情報

入学から2週間、クラスの先生は「間違えることは悪いことではありません。みんなどんどん間違えていいんですよ」と言っているそうです。そこで息子の隣の席の男の子は正しい答えを知っているのに、わざと間違えた答えを言っているらしい。先生もたいへんです。
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# by casavouta | 2005-04-20 16:59

ボーダーな人たち

昨日は、息子の小学校の入学式。

1年生はみんないい味出しています。

市長さんに「小学校に入って、これからお勉強するわけだけど、お勉強するときに一番大切なことってなんだとおもう?」と聞かれて

「はい!ちゅうおう線!」

「うん・・・中央線も大事だけど・・他には?わかるひと!」

「ちかてつ!!」

1年生はまだ半分飼いならされていない最後の野生児なのです。そういうボーダーラインにいる人種は面白いんです、とっても。
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# by casavouta | 2005-04-07 08:27 | 日々

引っ越しました

ブログを引っ越しました。昔のものはこちらです。新しいお家はなかなかいい感じです。

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# by casavouta | 2005-04-01 12:45

ジンガロ

待ちにまったジンガロ日本公演へ行きました。ライブの迫力はとてもすごく、会場にはお香を焚かれていて、生のバルタバスも見ることが出来て、興奮しました。

とにかく人と馬とがどうしてこんなに仲良しなんだろうという程仲良しで、馬の顔を双眼鏡で良くみたのだけど頭がよさそうで、性格もよさそうで、「はい。わたくしたちも喜んで参加させて頂いております」という顔をしているのだ。馬ができていると言うかんじ。耳も全然動かないし、リラックスして集中しているのだ。どうやって教えるんだろう、台本もないのに。「あ、きみ、きみはあの黒い馬が出るのを見届けてから出てきてね〜」なんて教えられているようによくわきまえているのだ。ほんとうに可愛い馬達だった。

ジンガロの馬術は、意外にも西洋馬術のトラディショナルな正統派な感じだった。でもあの難しい技をさらっと気持よさそうに演じられるのは「馬を調教するのではなく馬の気持ちに耳をかたむけるのです」というジンガロと馬との信頼関係からきているのでしょう。

ただ、今回はチベットがテーマなのだけど、馬の乗り方がトラディショナルなせいか、西洋の人にとってのチベットという感じ。民族音楽にインスピレーションを受けて作られたクラシック音楽のような・・・でも、あの馬の首をきゅっと曲げる西洋の馬術は美しいのだ。チベットの人は馬の首をあんなふうには曲げないし、乗り方も違う。西洋に綿々と受け継がれる美の感覚とはやはり違う部分も大きいと思う。

 多分バルタバスは馬と人とを外見的に美しく見せるだけでなくもっと野性的なものを表現したいのだろう。だからジプシーとかチベットの人の馬との関わりのような物を作品に取り入れてきたんだと思う。でもやはり人と馬とを美しく見せる西洋的な美の感覚は根底に流れているから、この作品もバルタバスの目を通したチベットというものが表現されているのでしょう。

 最後のチベットの人の歌はよかったなあ。この最後の部分を見るとジンガロのチベットの人への尊敬や愛のようなものがとてもよく伝わってきました。

過剰な広告とエルメス協賛のジンガロスカーフはどうかと思いますが、やはり沢山の馬をつれてくるのはとてもお金がかかって大変だったのでしょう。これに懲りずまたぜひ日本にきてもらいたいものです。
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# by casavouta | 2005-04-01 12:41 | アート

本を読む人

本を読む人が好きだ。というと、本を良く読んでいる人という意味になってしまうけど、もちろんそういう人も好きだけど、本を読むその姿というのを見るのが老若男女問わず好きなのです。(但し新聞は別。広げて読むその姿は老若男女問わずあまり可愛いくないのであります。)

本屋さんや図書館で知っている人に会わないのは、知っている人がそこにいないのではなくてみんな本を見ていて人をみていないから。

同じ空間にいながら頭の中はみんな異空間を彷徨っている。みんなきっと頭から見えない湯気がたっているのです。

あ、今度そういうテーマで写真をとってみたいな。
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# by casavouta | 2005-03-27 12:39