casavouta日記

2011年 01月 27日 ( 1 )

縄文時代のひょうきんもの

 昨年は個人的に波の激しい一年でした。その上twitterの登場によって毎日が断片的に過ぎていったような感じです。最近いろいろ思う事あって、自分の祖先について考えたりしています。私自身祖父に会った事がないのですが、自分の気質の中にどう考えても不可解な部分などあったりして、遺伝みたいなことも考えていくうちに戦時中に内蒙古で亡くなった祖父のことを調べてみたくなったのでした。そうすると当然明治〜昭和の歴史を勉強しなければならないんだけど、もともと歴史が苦手なこともあってどこから手を付けていいのか分からなくなっています。そんな事を考えている矢先に養老孟司さんの子供向けの本を読んでいたら、ドキッとする文章にも出会いました。歴史というのは、なにか事件が起こった事だけ書かれている、本当は特に大きな事がおこらない事の方がほとんどなのに・・・といった内容でした。
 それで思い出したのが、私がたまに想像する縄文時代のひょうきん者です。何事も大きな事件の起きない、日々の日常の中で、名前も残らない人だけれど、村中を笑わせていたひょうきんものがきっといただろうということです。それは縄文時代だろうが、平安時代だろうが、江戸時代だろうがいたと思う。その人はすごく物まねがうまかったかもしれないし、踊りが絶妙だったかもしれないし、歌がうまかったかもしれない。そういう事を想像するときゅ〜んとしてしまう。
 歴史に残るものとのこらないもの。今その両方が、とても気になっています。
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by casavouta | 2011-01-27 17:20